自分が何とかしなくてはとか、
何とか役に立たなくてはと、
そんなに頑張らなくても、
勿論頑張っても、
クライアントは勝手に進んでいくことがある。
むしろその方が多いのかもしれません。
復職をあんなにも怖がっていたのに、
スーツを着るのをあんなにも怖がっていたのに、
ある朝、母親にスーツを新しいの買いに行くから、
サイズを見る為にちょっと着てみてよと言われて、
あっさり着てしまった人もいる。
「あ、俺そういえばスーツダメだったんだ。」
と着た後に気づいたが、
もう大丈夫になっていたのだ。
何年ぶりかの職場復帰で、
不安が強く、
周りからどう思われているんだろうと、
ビクビクしていたかたが、
勤務初日に実際に行ってみたら楽しくて、
そんなことを忘れていた人もいる。
職場でうつ病になり、
頭が回らなかった方が、
ちょっと時間が経ち、
ちょっと行動を変えただけで、
その症状がほとんどなくなった人もいる。
あんなにも前回泣いて、嘆いていたのに、
次に会った時は、そんなことも遥か彼方のように、
そのことは話さず、
少しずつそんなんじゃダメだと思って、
こんなことを始めてみましたと報告してくれる人もいる。
援助をどうするとか、
受け止めるとか受け止めないとか、
カウンセリング中に自分の気持ちと向き合うとか、
向かい合わないとか、
そんなことよりも、
時間というものは人に優しくて、
時間が癒していくものも大きい。
そして、たった60分程度の関わり以外の人生の時間と、
環境との相互作用の方がはるかに影響が大きいかもしれない。
そんなことを思うのでした。
カウンセリングが人生に与える影響を
過大評価しているわけではなかったけれど、
そんなに気負いすぎることもやはりないのかなと、
今は少しずつそう思えるようになってきました。