カウンセリングをしていると、
自分の気持ちが分からなくなるまで頑張れた人に出会うことがあります。
先日もそのような状態の方がいらっしゃいました。
その方は…
「何にも考えられないんです。どうしたらいいのかわからない。自分の気持ちがわからないんです。」
「自分が今休むべきなのか、それとも甘えなのか自分の気持ちがわからない。」
と目に涙を浮かべて仰っていました。
僕たちは、自分の心が分からなくなる時があります。
僕たちは、自分の心がよく分からなくなるくらいの苦しみを抱えることがあります。
そんな時に、僕たちは何も卑下することはありません。
そんな時に、僕たちは自分を責める必要はありません。
むしろそんなにまで耐えた自分を労わり、寄り添うことが大切なのです。
でも僕たちは、自分でそのやり方がわからない。
だからこそ、そんな時聞き手がすべきことは、
相手を非難の渦から連れ出すことです。
その時に有効なコミュニケーションが保証と心理教育です。
保証というコミュニケーションは、
「相手からしたら専門性や権威があったり、尊敬する人である立場の方から、相手の状態に対して、何も卑下する状態ではなく当然であることを暗に又は、直接相手に伝える」ことです。
心理教育というのは、
「文字通り心理学の知識を相手に提供すること」です。
これにより心理的悩みや病の予防になることと、
自分の状態を正しく知ることで、
対処できるものなのだという希望や、
勇気が出てきます。
では、実際にどのように用いていくのでしょうか。
先に述べた「自分の気持ちが分からなくなってしまった方」を例に挙げて、
僕が掛けた言葉を少し加工してご紹介していきます。
「人は、とても大きなストレスや負荷がかかると、
一時的に自分の気持ちが分からなくなってしまうのです。
それこそ急性ストレス障害のようにトラウマの一歩手前の状態になると、
自分の心のバケツが溢れて心が決壊しないように、
何も感じなくなることがあります。(心理教育)
でもそれは心が弱いからではありません。
多くの人に許された心を守る手段なのです。(保証)
だから流れてくる涙の意味がわからないのも、
今自分が辛いのかも、限界なのかもわからず、
自分のことが考えられないのはAさんのせいではありません。(保証)
幸か不幸かそんなになるまで頑張れてしまったのです。
よく耐えてこられましたね。
その耐えてきたお気持ちの裏には、
理解されなかった気持ちや、
沢山の勘違いをされて悔しかったこと、悲しかったこと。
頑張りを認めてもらえない不毛感もあったでしょう。
それでも、その道に留まったのは、
昔から○○に憧れていたことや、
今逃げてしまったら自分がこの道に戻ることが出来ない、
そんな気持ちが支えになりましたね。
Aさん、こころが壊れているわけではありませんよ。
その証拠にAさんは今私の言葉を聞いて、
苦しみだけではなく、何か心の奥から湧き上がってくる温かさを感じたのではないでしょうか?
人は悲しくても泣きますが、自分の温かさや琴線に触れても涙を流します。
今は湧きあがってくる涙というのはそういう涙ではないですか?」
カウンセリングでは、
このように相手が自分の状態を正しく理解できるように
心理教育をしつつ、
相手の状態を保証するコミュニケーション取っていくことがあります。
カウンセリングというと聞いているだけというイメージがあるかもしれませんが、
相手が自分の心の状態を正しく理解できるようにサポートをしたり、
自分をそれ以上責めることないようにサポートをしたりすることもあるのです。
ちなみに後半の部分のそれぞれの気持ちへの言葉がけは、
Aさんとのコミュニケーションの中で、
カウンセラーが感じ取った気持ちであり、
Aさんは何も感じていないわけではなく、
このタイミングなら少し自分の気持ちを感じれるかなと、
Aさんが自分の気持ちを感じれるように
サポートする為に発した言葉です。
その結果、うなづいてくれたので、
「そんな気持ちを感じたのは久しぶりではありませんか?」
と伝えて「yes」を取り、
「そのように豊かな気持ちがAさんにはありますから、少しずつ取り戻していきましょう。」
と伝えて、ただその前にまずは心を休めていきましょうと契約を取りましたが、
少しリスクのある言葉がけですし、
直接過ぎてあまりよろしくないですね。
本当は泣きすぎて自分の気持ちを感じれなくなり、
その気持ちの裏にある意図を感じれなくなるのを避ける為に、
催眠言語的に言葉を掛けたかったのですが、まだまだまだ未熟なのでした。
