カール・ロジャースの「来談者中心療法」という言葉を聞いたことがありますか?

傾聴という言葉を聞いたことはあるけれど、この言葉を聞いたことは少ないのではないでしょうか。

講義をしていても、「ロジャース」という人の名前や、来談者中心療法という言葉を聞いたこともないという方は案外多いのです。

傾聴をより理解するには、来談者中心療法を理解する必要がありますし、

その歴史的背景を少し理解することが大切です。

 

その為、ここではその歴史的背景と、どのように来談者中心療法が出来て、

どのように発展していったのかを簡単にご説明していきます。

1940年代 非指示的療法

1940年代当時のカウンセリングは、フロイトやユングの影響もあり、

カウンセラーが患者の話を聴いて、分析し、解釈をして、

アドバイスをするといったやり方が主流でした。

例えば、患者の悩みが「ついつい友人に怒ってしまうのです。」といったものだとしましょう。

その時カウンセラーは話を聞き例えば「その友人は男性ですか?女性ですか?」とか、

「あなたは小さい頃、両親に対して怒ったことはありますか?それとも怒りを我慢していましたか?」

 

といったように、質問を通して相手の話しを聞いて情報を引き出します。

 

そしてその質問から得られた情報を「分析」します。

例えば、その友人が男性であれば、それは父親に対して本来向けられる怒りではないか。

その友人はどこか父親に似ているのではないか。

父親に対して幼い頃に怒りを我慢していた傾向がある。

これらから導かれるのは、幼い頃の父親に対する怒りが「抑圧」されて、

今その男性に対して出ているのではないかといったように、

分析し解釈をしていきます。

 

そして解釈を相手にそのまま伝えて、その後に「あ~した方がいい。こうした方がいいのでは?」

といったようなアドバイスをするのです。

 

こういった分析、解釈、アドバイスを患者にするということが主流だったのです。

 

そんな中で、ロジャースは分析をせず、解釈をせず、アドバイスをしないというやり方、

つまり指示をしない(非指示時)というやり方を打ち出し、

カウンセリングの世界に大きな影響を与えたのです。

 

個人的には、これはかなり大きなことだったのではないかと思います。

というのも、当時の主流のやり方と反対のやり方を打ち出したわけですから。

 

ただ、ロジャースは、

単に当時のやり方に反するやり方を見せ方として打ち出したわけでは勿論なく、

その根底にはロジャースの人間に対する大きな信頼があったからです。

というのも、ロジャースはこう信じていたのです。

「人は、良くなる力が備わっている。」と。

「それが花開くことが本当の意味での変化である」と。

 

だから、カウンセラーはそれが花開くように、クライアントが安心できるような、

受容的な場を提供し、クライアントが今まさに体験している葛藤や感情などを、

それまでのように解釈、分析、アドバイスをすることなく、

ありのままを受け止め、共感的に理解を示すことが大切だと考えたのです。

 

その為、カウンセラーの聴く態度をとっても大切にしたのです。

 

それなのにも関わらず、残念ながら傾聴技法ばかりがピックアップされてしまいました。

というのも、非指示的に関わりクライアントの中にある良くなる力を信頼するという

その関わり方の重要性を示すために「オウム返し・要約・明確化・感情反射」などの

傾聴のスキルを紹介したのですが、世の中はその関わり方の大切な部分ではなく、

その技法に注目し、それが先行して広まってしまったのです。

 

日本でも「傾聴=オウム返しでしょ?」とパッと思いつく方が多いと思いますが、

こういった現象が当時も起きたという事です。

 

ただこれだとロジャースが言いたかったこととは別であり、

的を得てないですから、ロジャースは名前を変えてより本質的なものを目指したのです。

その名前が「来談者中心療法」です。

英語だとClient Centered Approach です。

そう中心をクライアントに置いたのです。

あ、ちなみにですが、今でこそカウンセリングではクライアントと言われていますが、

当日は「患者」や「被分析者(分析を受ける人の意味)」と呼ばれていたのですよ。

 

それをクラインと呼んだのはロジャースなのです。

こいった面でも、ロジャースの功績は大きいですし、

背景にはロジャースの人に対する信頼や敬意が見て取れますよね。

 

さて、次はその来談者中心療法のお話へと行きましょう。

来談者中心療法

非指示的療法では、傾聴の技法的側面ばかりがピックアップされてしまった為、

クライアントが中心であり、それを前面に出した来談者中心療法へと名前を変えました。

ここまではお話をしましたね。

 

そこで名前だけが変わったのか?というと勿論そうではありません。

名前も変わり、よりカウンセラーの聞く態度が重要視されるようになったのです。

勿論その態度を重要視したのは、クライントの中にある「良くなる力」が花開き、

自らの道を歩んでいけるようにです。

 

ロジャースは、本当に信じていたし、きっと今も人を信じているのです。

 

さて、そんなロジャースは、

1957年に「セラピーによるパーソナリティ変化に必要にして十分な条件」という論文を出しました。

これはとっても有名です。

 

これには、人が変化していくにはどのような条件が必要かということが論じられています。

その中で、6つの条件が論じられています。

その6つは次の通りです。
(分かり易いように、かみ砕いてご説明しています。)

①カウンセラーとクライアントの間に心理的接触がある。

これは、簡単に言うとカウンセラーとクライアントの間に心と心の交流があることを指します。

お互いに安心でして感情のやり取りができる状態(ラポール)といってもいいかもしれません。

このように互いに安心して心の交流が出来る状態は大切ですよね。

安心できないと、人は本音をなかなか話せないですし、自分とも向き合いづらいものですから。

②クライアントが不一致状態にある。

この不一致を説明するのには、ちょっと予備知識が2つ必要ですので、

本当に簡単にそれを説明したいと思います。

まず、1つ目は自己概念です。

これは、セルフイメージと英語で書いた方が分かり易い方もいそうですね。

そう自己概念とは、自分とはこういうものという自分に対するイメージのことです。

僕たちは、いろんな自己概念を持っていますよね。

「良い母親である」「私は仕事が出来る・出来ない。」「私は優しい人間だ。」etc…

つまり自己概念とは、「私は○○な人間だ。」という自分に対するイメージの事です。

 

2つ目は、経験です。

経験とは、私たちが今経験している実際の自分のことです。

 

ロジャースは、

自己概念(自分はこういう人間であるというイメージ)

経験(実際に自分が体験している自分)

との不一致がある状態を自己不一致と呼びました。

 

この自己不一致状態の時、人は自分の経験を受け入れることが出来ず、

「否認」したり「歪曲」して現実の体験を捉え、それが悩みを生むと考えたのです。

例えば、自己概念⇒私は優しい母親であるという方がいたとしましょう。

でも実際には、子供に酷いことをいったり、八つ当たりすることが多い(経験)とします。

すると、自己概念と経験に不一致が生じますよね。

するとすると、「いや、私は優しい母親なのに、子供が自分の言うことを聞かないのが悪い。」と、

現実の体験を「否認」します。

 

でも否認を続けていても、現実は変わりません。

だからその度に、母親はそのギャップに苦しむことになり、それが悩みとなるというわけです。

③カウンセラーが自己一致状態にある。

これは、カウンセラー側が先に書いた自己概念と経験の不一致を限りなく少なくし、

自己一致の状態、つまり等身大の自分でいる状態、色んな自分を受け入れている状態のことです。

カウンセラー側が自分の状態を整えていることはとっても大切です。

相当悩みを抱えているように見えるカウンセラーには、相談したくないですよね。

④カウンセラーがクライアントに無条件の肯定的配慮を行う。

ちょっと小難しい表現になっていますが、端的に言うと無条件に相手を受け入れるという事です。

例えば、しっかりと課題を行ってきたからとか、相手が良い事を言ってきてくれたから受け入れる

といったように条件付きで受け入れるのではなく、自分の価値と反するとしても、

無条件で相手を一人の価値ある存在として、受け入れ認めることです。

⑤共感的理解を示す。

共感とは、相手の気持ちをあたかも自分のことのように感じとろうとし、その感じた世界を相手に伝えることです

だから共感的理解を”示す”となっています。

また、”あたかも”というのもポイントです。

あたかもという性質は、そうではないかもしれないという意味を含んでいるからです。

⑥共感的理解をクライアントが知覚する。

カウンセラーが共感的理解をクライアントに示した際に、

クライアントがそのメッセージを受け入れることです。

共感は、双方向ですからこちらがいくら共感したと感じていも、

共感というコミュニケーションは成立しません。

相手が知覚、つまり共感してもらえたと感じて初めて

共感というコミュニケーションは成立します。
※共感と同情の違いは、「それって実は共感じゃないんですよ」の記事を読んでみて下さいね。

カウンセラーの聴く態度を大切にした。

ロジャースは、先に説明した論文の中でこの6つの条件を論じたわけですが、

その中でカウンセラーの聴く態度として③~⑤を重要視しました。

つまり、「自己一致・無条件の肯定的配慮・共感的理解」の3つです。

 

なぜこの3つを大切にしたかというと、②で示したようにロジャースは、

悩みは自己不一致状態によるものだと捉えたたため、自己一致へと向かえば、

悩みは解決すると考えたからです。

 

その為には、クライアントがカウンセラーとの関係において、

否定の矢にさらされることもなく、その危険性も感じず、

安心して、受容的な雰囲気を感じ取り、

そういった場で自己と向き合うことが大切だと考えたのです。

そうすれば、自ずとクライアントは自己一致状態へと向かうだろうと、

そうロジャースは考えたのです。

 

ここまでお読み頂いた方は、気づいたかと思いますが、

ロジャースが焦点を当てたのは、

如何にクライアントの中にある良くなる力が花開いていくのかであり、

どのようにその場をクライアントと共に作っていくかであり、

聞く技術云々を論じてはいないということです。

 

非指示的療法から、来談者中心療法へと発展していった中で、

ロジャースは誰よりもクライアントを中心と添えた関りを目指したのではないかと、

そう感じます。

 

さて、ロジャースはこの来談者中心療法をさらに発展させていきます。

それがPerson Centered Approachです。

クライアント中心ではなく、パーソン、つまり人を中心と添えたのです。

1975年以降 Person Centered Approach

ロジャースはその後、クライアントとカウンセラーの1対1の対話ではなく、

1対複数のエンカウンターグループへと関心を向けていきます。

エンカウンターグループとは、見知らぬ人が複数人集まり、輪になって対話をし、

自分の悩みや思いを自由に話し合います。

その対話の中で、深い交流が起きたり、気づが起きたりして人間的成長が促進される

そんなグループのことを指します。

 

ちなみにこのエンカウンターグループには、

ある程度対話をするテーマが決まっている構成的エンカウンターグループと、

全く決まっていない非構成的エンカウンターグループの二つがあります。

 

ロジャースは、興味や感心をこのエンカウンターグループへ移していき、

国内外でエンカウンターグループのワークショップを行っていったのです。

最後に。

少し長くなってしまいましたが、ロジャースという人がどのようにクライアントと関わり、

何を大切にしてきたのかお分かりになりましたでしょうか?

 

傾聴というとオウム返しでしょとか、そいった技法ばかりが取りざたされますが、

聞く態度や関わり方がとっても大切であり、

クライアントに対する信頼がその基盤にあるのです。

 

僕たちはロジャースから学ぶことが沢山あるのです。

それは技法的な面ではなく、態度として。

 

今はyoutubeでもロジャースのカウンセリング動画が見れます。

良かったら見てみて下さいね。

そして、どのように聴いているのか見てみて下さいね。

とっても勉強になりますよ。

 

あ、最後に一つだけ。

 

このスクールで教えていることは、ロジャースさんがお伝えしていたことを

そのままお伝えしているわけではなありません。

 

相手に心をけて、心を込めて丁寧にく為に、

出来ることを様々な側面からお伝えしています。

・JCA カウンセリング・傾聴スクール 講師 
・カウンセリングルームこころ音 カウンセラー
元引きこもりのカウンセラー。現在は講師として、毎週(土)講義を行う。
都内のクリニックでカウンセリングも行っている。