僕たちが無自覚に会話の中で繰り返している「質問」は、
実は相手に負担を掛ける行為であるということを知っている人は少ないのです。
質問されると、僕たちは何かを思い出したり、考えたり、
感じたりしながら答える必要がありますよね。
こういった行為自体に心理的な負担やエネルギーがいることは容易に想像できると思います。
思い出したり、考えたり、感じるという作業は、
楽しい作業であることもありますが、
そうでない時もあるものです。
特に悩みを抱えている場面では、思い出す・考える・感じるという作業は、
楽しいというよりも、イライラしたり悲しかったり苦しかったりといった
一般的にいうとネガティブな感情と結びつきやすいですから、
通常よりもさらに相手に負担を掛けてしまうのです。
では、どのような負担を掛けるのでしょうか。
もうちょっと詳しくお話していきましょう。
質問をされると再体験することがある。
スポーツ選手はよくイメージトレーニングをしますよね。
それは、イメージをありありと想像すると、
脳が現実と想像を区別できずに、イメージ通りに体が動きやすくなる。
なんてことがあるからですね。
とある実験によると、運動している場面をありありと想像しただけで、
その運動をした時に動く筋肉と同じ筋肉が動いたなんてものもあります。
また、酸っぱいレモンや梅干を想像しただけで、
実際には目の前にないのに唾液が出てくることもありますよね。
このように脳は、ありありと想像するだけで現実にそれが起こっているような
そんな反応を体に作り出すのです。
さて、なぜこのお話をしたかというと、
質問をされてありありとある出来事を思い出した時にも、
同じような現象が起こることがあるからです。
質問を繰り返されると、良い思い出も悪い思い出も思い出します。
それがいい思い出であれば、気分が上がりますからいいでしょうけれど、
悪い思い出であればあるほど、思い出した時にその嫌な感じも紐づいてきて
感じてしまうのです。
そう、質問により相手に苦しい体験を再体験させてしまうのです。
だから質問をする時は、出来るだけ負担を減らすことができるように、
質問をしたらケアをすることが大切になります。
ここでいうケアは、共感や受容やねぎらいなどです。
この質問とケアのお話は、別の記事で書いていますので割愛しますね。
※「質問力とは、質問解けを同時にすること。」をお読みくださいね。
質問は強制力がある。
質問は強制力があります。
質問されたら答えないといけません。
よく「嫌だったら答えなくてもいいけれど、聞いていい?」って言われますが、
これは質問ではないですよね。汗
聞いていい?と言われて、ダメとはなかなか言えないものです。
それは関係性が悪くなってしまうかもしれないからです。
同様に、「質問していいですか?」という質問も厳密には質問ではなく、
確認ですし、これもまた答えないといけません。
「ダメ」とはやっぱり言えないからです。
「今日はどんな気分?」という質問も、
そんな質問に応える気分ではなくても、答えなくてはいけません。
このように質問は強制力がある程度あるのです。
だからこそ質問する側は、それを自覚しつつも相手が答えやすいように質問をする。
負担が少なくなるような質問をするということが大切なのです。
質問ばかりして、結局相手に気を遣わせるということも負担の一つですからね。
そして、出来れば聞き手側に気を遣わずに、相手が自分の内面を安心して話せるような場づくりをしたいものですね。
質問には、自分の為の質問と相手の為の質問がある。
さてこれまで話してきている「質問」ですが、
この「質問」は大きく分けて、自分の為の質問と相手の為の質問があります。
僕たちはこれを分けて使うことや、
その質問が誰のための質問かも自覚することも少ないですが、
これを自覚すると質問の精度が上がると共に、
質問する際に自分が誰のためにしているのか自覚的になれる為、
相手の負担を少しでも軽減しようという気持ちが湧いてくるようになります。
さて、では自分の質問と相手の為の質問とは何かを簡単にご説明していきましょう。
自分の為の質問とは?
自分の為の質問とは、自分が知らないから聞く質問です。
主に相手を理解する為の質問がこの「自分の為の質問」にあたります。
例を挙げてみましょう。
・いつ○○へ行ったんですか?
・どういった理由で○○したんですか?
・何があったんですか?
・食べ物は何が好きですか?
・趣味は何ですか?
etc….
このように相手を理解する為の質問は、自分の為の質問です。
それはなぜかというと、自分が知らないから相手に聞くからです。
これらの理解する為の質問は、聞き手側が知らないだけであり、
話し手としては自分の体験したことだったり好みですから、
自分は知っているからです。
よく相談にのったときにする「何があったのか詳しく教えてくれますか?」という質問も、
相談にのる人が知らないから聞く質問ですよね。
何があったかどんな気持ちだったかは相手はすでに知っているし体験しているのです。
だからこそ、自分の為の質問をする時は、
「知らないのは自分だけ」という自覚を持って行っていきましょう。
すると、相手にかかる負担を少しでも少なくしようという気持ちが湧いてきます。
※僕だけかもしれませんが。(汗)
相手の為の質問とは?
相手の為の質問は、コーチングを学んだことがある方は色々なバリエーションをご存知だと思います。
この相手の為の質問は「気づきの為の質問」です。
まだ相手の意識に上がっていなけれど、大切なことを聞いたり、
相手の思い込みに意図的に疑惑の挿入(本当にそうなのかな?と確認する。)をしたり、
相手の見方が広がるような質問をしたり、
相手の支えになっているものに目を向けてもらう為に質問をしたり
といったようなものが相手の為の質問。つまり、気づきの為の質問となります。
この相手の為の質問には、例えばこんなものがあります。
・「本当にいつも起きれないんですか?」(例外の体験を聴く)
・「もし○○が出来たとしたらどんな気持ちになりますか?」(未来に視点を広げる)
・「私だったらとっくに心が折れている状況ですが、どのように乗り越えてきたのですか?」(支えを聴く)
・「どのようにして相手の人があなたを嫌いだと判断したんですか?」
・「仕事が出来ないということと、あなたが話が下手だと感じていることと本当に関係あるのですか?」
・「誰と比べてそう感じたのですか?」
・「もしできなかったとしたら起こる最悪なことは何ですか?」
・「もし出来たとしたら、どのようなことが得られますか?」
このように色々とありますが、どの質問も見方を広げるような質問であり、
上手にタイミングを見て用いることが出来れば、相手の内的世界がきっと広がっていきます。
ただ、こういう例外に目を向けたり、気づきへと向かう質問は、
通常の理解の為の質問よりも負担が掛かりますし、
相手が抵抗感を抱く事も少なくありませんから、
関係性をしっかりと気づいてから用いることをお勧めします。
ちなみに抵抗感が出やすいのは、例えば例外に目を向けてもらう質問は、
相手は例外はないと思い込んでいるのですから、それを急にそうでなかった時は?
とか、いつもなの?といってそこに対して揺さぶりをかける行為は、
相手にとったら自分の話を信じてもらえてないという事になってしまうからです。
だからこそ、最初は受け止めてしっかりと関係を築いてから質問をしていることが大切なのです。
まとめ
さて、いかがでしたでしょうか?
ちょっと長くなってしまいましたが、質問は相手に負担を掛けるということはご理解いただけましたでしょうか。
だからこそ、質問とケアを同時にして負担を少なくしていくこと。
質問は強制力がありますから、相手が答えやすい質問をするようにトレーニングすること。
質問には、自分が知らないから聞く「自分の為の質問」と、
相手の気づきへとつながる「相手の為の質問」の二つがあります。
その二つを意図をもって使い分けることや、質問のタイミングも調整することによって、
相手がより自分の内面へと入れるように援助することが大切なのです。